東京高等裁判所 昭和23年(ネ)421号 判決
被控訴人が昭和二十二年九月十一日公告に係る控訴人所有の土地につき樹立した買收計画は末尾添附の目録記載の土地に関する部分に限り之を取消す。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
二、控訴の趣旨
主文同旨
三、事 実
被控訴代理人は訴却下の判決を求め仮に本訴が適法であるとすれば本件控訴を棄却する旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は被控訴人に於て本訴が不適法である理由として次のとおり補充した外は原判決の事実に記載してあるとおりであるから之を引用する。
即ち被控訴人が本件農地の買收計画を樹立した後の経過は次のとおりである。
昭和二十二年五月三日
民事訴訟法の應急措置に関する法律施行
同年九月十一日
農地買收計画の公告
同月十八日
右に対する異議の申立
同月二十六日
右異議申立棄却の決定
同年十月七日
右に対する訴願の申立
同年十二月二十六日
改正自作農創設特別措置法(第四十七條の二同附則第七條)施行
昭和二十三年一月十六日
訴願棄却の裁決
同年二月三日
右裁決書の送達
同月八日
本訴提起
同年七月十五日
行政事件訴訟特例法施行
本訴は被控訴人が自作農創設特別措置法(以下單に自創法と称する)によつてなした「農地買收計画」の取消を求める訴である。そこで「農地買收計画」自体を行政処分とすればこの処分当時の法律である民事訴訟法の應急措置に関する法律によると「その処分のあつたことを知つた日から六ケ月以内」即ち買收計画公告の日である昭和二十二年九月十一日から六ケ月以内に提訴すべきである。然るに同年十二月二十六日改正自創法第四十七條の二同附則第七條が施行されたので右法律施行前に爲された処分についてはこの「法律施行前にその処分のあつたことを知つた者にあつてはこの法律施行の日から一ケ月以内にこれを提起することが出來る」ことゝなつた。
從つて本件買收計画取消の訴は昭和二十三年一月二十六日を以てその出訴期間は満了する。然るに本訴の提起は昭和二十三年二月八日であるから期間経過後で不適法である。昭和二十三年七月十五日から施行された行政事件訴訟特例法附則第二項によれば「この法律施行前に生じた事項にもこれを適用する。但し民事訴訟法及び昭和二十二年法律第七十五号によつて生じた効力を妨げない」と定めた。この條項の本文によれば買收計画につき訴願があつたとしても右條項但書によつて民事訴訟法の應急措置法によつて生じた効力を妨げないのであるから應急措置法の特別法である自創法第四十七條の二及び附則第七條によつて既に発生している効力、換言すれば改正前自創法施行の日から一ケ月以内に限り出訴が出來それ以外のものは出訴が出來ないという効果の発生を妨げるものではないと解すべきである。仮に本件に於ても行政事件訴訟特例法附則第二項本文によつて同法第二條の訴願を経べきものであり又自創法第四十七條の二附則第七條の施行の日から一ケ月以内に訴を提起すべきものでないとしてみると訴願というのは買收計画に対する直接の訴願即ち本件について云えば異議の申立がありその決定があつた以上原処分たる買收処分の取消の訴はその決定を知つた日から一ケ月以内に直ちに提起すべきもので必ずしも法令によつて認められたすべての訴願手続即ち異議の決定に対し更に訴願をしなければならないとは言えない。異議棄却決定に対する訴願の日が昭和二十二年十月七日であるから異議棄却の決定のあつたことを知つた日を仮に同日とすればこれから「一ケ月」は同年十一月七日迄となり本件は同日の経過により出訴期間は満了していると解さなければならない。(立証省略)
四、理 由
本訴が法定の出訴期間を経過して後提起されたかどうか。
被控訴人が控訴人所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地と称する)その他に対し自創法第三條第五項第六号により買收計画を樹立し昭和二十二年九日十一日之を公告したところ控訴人は同月十八日被控訴人に異議を申立て被控訴人は同月二十六日異議申立を棄却し控訴人は同年十月七日新潟縣農地委員会に訴願し同委員会は昭和二十三年一月十六日訴願棄却の裁決を爲し同裁決書が同年二月三日控訴人に送達せられたことは当時者間に爭がなく控訴人が同月八日本訴を提起したことは本件記録によつて明白である。そして被控訴人所論のとおり本件買收計画書の公告がなされた昭和二十二年九月十一日当時は日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急措置に関する法律が施行中であり、同年十二月二十六日改正自創法第四十七條の二同附則第七條が施行され、昭和二十三年七月十五日行政事件訴訟特例法が施行せられたことは当裁判所に顕著である。
次に本件買收計画の公告当時施行の日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の應急措置に関する法律第八條によれば「当事者はその処分のあつたことを知つた日から六ケ月以内に提起しなければならない。但し処分の日から三年を経過したときは訴を提起することが出來ない。」ことに定められてあり、次で昭和二十二年十二月二十六日施行の改正自創法第四十七條の二によれば右期間は短縮せられ「当事者がその処分のあつたことを知つた日から一ケ月以内に提起しなければならない。但し処分の日から二ケ月を経過したときは訴を提起することが出來ない。」ことに、尚同附則第七條によれば「この法律施行前にした自創法による行政廳の処分で違法なものゝ取消又は変更を求める訴はこの法律施行前にその処分のあつたことを知つた者にあつては第四十七條の二第一項の規定にかかわらずこの法律施行の日(昭和二十二年十二月二十六日)から一ケ月以内にこれを提起することができる。前項に規定する行政廳の処分については第四十七條の二第一項但書の期間はこの法律施行の日から起算する。」ことに夫々定められ、更に昭和二十三年七月十五日から施行せられた行政事件訴訟特例法によればその第二條に於て訴願前置主義が採用せられ、訴願の裁決を経た後でなければ出訴出來ないことに定められ、又第五條第四項に於て出訴期間は処分につき訴願の裁決を経た場合は訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日から起算することに定め、同法附則第二項本文に於て同法施行前に生じた事項にも適用することに定めた。ところで本件買收計画公告当時は勿論行政事件訴訟特例法が施行されて居ないから訴願の裁決を経ることは訴を提起するに必要ではなかつたが、当時施行中の自創法によれば買收計画に対し異議、訴願の不服申立方法が許容されて居たことは同法により明白であるから控訴人が右不服申立方法を採らなかつたならば右買收計画に対する不服の訴は買收計画公告の日に行政処分があつたものとして前記民事訴訟法の應急措置に関する法律により処分のあつたことを知つた日から六ケ月処分の日から三年の出訴期間の制限に服し、その後前記改正自創法第四十七條の二、附則第七條により同様買收計画公告の日に行政処分があつたものとして改正法施行の日(昭和二十二年十二月二十六日)より後に処分のあつたことを知つたときはその日から一ケ月但し処分の時から二ケ月、施行の日より前に処分のあつたことを知つたときは施行後一ケ月の制限に服するものであると解せられるが、本件に於ては控訴人が前記のように適法に本件買收計画に対し異議訴願をなした以上元來行政処分は之に対し異議又は訴願の許される場合、正当なる利害関係人が適法に右救済方法によつて之に対し不服を主張して居る間は該行政處分は行政廳の終局的確定的の判断を受けないものであるから、苟も右救済方法を採つた以上その救済方法に対する行政廳の最終の確定的判断を俟つて始めて之が当否の判断を裁判所に求めしめることが事理の当然に属し、行政事件訴訟特例法第五條第四項の趣旨は同法施行前に於ては明文なくも行政處分につき許した訴願と民事訴訟の性質上寧ろ同様に解し得るのみならず、既に同法附則第二項本文による同法施行前に生じた事項にも之を適用する旨定められた以上本件に於て訴願の裁決が効力を生じたものと認める同裁決書が控訴人に送達せられた昭和二十三年二月三日から出訴期間を起算すべきものであること疑がない。被控訴人は行政事件訴訟特例法に於て強制する訴提起の前に必ず経なければならない訴願とは不服の対象となる行政處分に対して許される行政上の救済方法の最後の段階迄を指すものではなく、行政處分に対する直接の訴願即ち本件に於ては異議の申立に対する決定にて足り、更に之に対する訴願の裁決を経ることを必要とするものではないから本件に於ての出訴期間は右異議の申立却下決定の時から起算すべきものであると主張するが行政事件訴訟特例法に於て必要とする訴願は訴の提起前に少くとも一度丈は行政廳に再考の機会を與えんとした法意に鑑み、洵に被控訴人所論の如く不服の対象となつた行政處分に対する直接の訴願に対する裁決却ち本件に於ては異議の申立に対する却下決定があつた以上訴提起の前提要件は具備せられたものと解して支差えないが、このことはこの段階に於て訴の提起を強制したものではなく更にその後の行政上の救済方法を採ることは何等差支へなく之が救済方法を採つた以上出訴期間はその段階の判断の時から考慮することは何等行政事件訴訟特例法の規定と矛盾するものではない。
從つて本件に於ては控訴人が異議却下の決定に対し更に訴願をなした以上出訴期間の起算日はその訴願の裁決の日であること言うを俟たない。
控訴人は訴願の裁決書を昭和二十三年二月三日送達を受けた以上反対の事情の認むべきものがない限り同日之を知つたものと認むべくそして本訴が同月八日提起されたのであるから一ケ月の法定期間を遵守し期間内に提起されたこと明かであるから本訴は適法である。
本件土地が自創法第三條に所謂農地であるかどうか。
双方代理人立会の上昭和二十四年十一月十三日本件土地の現状を撮影して写眞としてその成立に爭のない甲第三号証の一乃至六、乙第七号証の一乃至六、原審証人坂井源松、酒井政司の各証言、当審証人酒井申午の証言(但し後段の認定に反する部分を除く)原審並に当審に於ける各控訴本人訊問の結果、原審並に当審(第一、二回)に於ける檢証の結果を綜合すれば本件土地は地目は現在畑であること、元訴外早川誠の所有であつたところ控訴人が昭和十年頃同人から之を買受けたこと、右土地は早川所有時代は元山林であつたところ訴外酒井保次が早川誠から賃借し開墾の上畑として耕作し後に桃、萄葡等の果物の木を植えたが余り成績も上らず兎角荒れ勝であつたこと、控訴人は買受けて一年位後酒井保次から本件土地の返還を受け昭和十二年春茅その他の雜草を刈り果樹の根を堀り取り桐苗約四百十本を植え付けその後六、七年位の間は毎年硫安、大豆粕、硝石等の肥料を施し雪害を防ぐ爲め木に藁を巻きその他虫害予防等の方法を講じて來たこと、控訴人は自ら本件土地を耕作したことはないが、村民十人余に対しその希望に應じ桐の空間地を畑として使用することを無償にて許し他にも無断で耕作する者もあつたが黙認して來たところ桐の木が成長し枝葉が次第に繁茂するに從い、次第に畑としての耕作が困難となり漸次耕作を抛棄するに至り桐植付後三年位にして全く耕作する者もなく、從つて昭和二十二年九月十一日の本件買收計画公告の頃には元より耕作する者もなかつたこと、公告当時本件土地にはその全域に亘つて目通り直径八寸位高さ五、六間の桐の立木総本数三百七、八十本が南北の間隔二間半乃至三間、東西の間隔三間乃至四間の位置に概ね一列に生立して居たこと、右桐の木の伐採時期は公告後尚十年位先であること、本件土地は昭和十八、九年頃迄は前記の如く肥料を施されたがその後は公告当時迄は肥料も施されず格別の手も加えられず、又加えるの必要もなく僅かに下草を刈り或いは虫害を妨ぐ爲めの方法を講ずるの外大体自然に放置した儘樹木の成育を待つ状態にあつたこと並に公告後伐採期迄は同様の状態が継続せらるゝのであることが夫々認められる。
惟うに自創法第三條に所謂農地とは同法第二條第一項にその定義を示すが如く耕作の目的に供せらるる土地であり、耕作とは土地に労資を加え肥培管理を行つて作物を栽培することであるところ前記認定の事実によれば本件土地は当初桐の木の栽培を図る爲め肥培管理を行つて來たことは明かであり、桐の樹が成長するに及び労資を加えて肥培管理をする必要が減少し遂にその必要がなくなり、その必要のない期間が本件買收公告当時迄に相当長期間継続し然もその後も相当期間継続すべき状況にあり、公告当時の本件土地の状況は肥培管理も行われず自然林植林等の山林と何等の差異がなく、他面植林による山林に於ても植林当初は苗木の生育の爲め桐の苗に比較し程度の差こそあれ樹木の種類により多少の肥培管理の行われることは顕著であり、又桐の木が生育するには肥沃の土地を必要とし主として畑に植栽されるものであることも実驗上顕著である。
從つて農地なりや山林なりやの区別の基準を当初肥培管理が行われたか否かの一事丈に求めることは不合理であることは明かであろう。被控訴人は本件土地の如き桐の木の生育する土地俗に所謂桐畑は地盤は肥沃であり、地上の桐の木を伐採すれば直ちに畑として耕作に供し得る土地であることを理由として農地として考うべきものであると主張するようであるが、元來或土地が農地であるか否かは單に右のような観点から考察する丈では足らず判定時期に於ける具体的の諸般の情況地上の関係も併せて綜合して考え具体的妥当の判断をなすべきであり、所謂桐畑が多く農地に属する結果となる場合が多いではあろうが、單に桐畑の一事丈で農地であると断ずることは出來ない。この事は直ちに耕作に適するような肥沃の地上に建物の存在する宅地を目して農地と認めることの不合理であることを思えば自ら明かであろう。
而して前記認定の本件土地は肥培管理を廃して既に相当期間経過し地上の桐の木の伐採時期迄尚十年以上もこの状態が永続すべき状況にあること、地上の樹木が公告当時目通り直径八寸程度高さ五、六間の大きさに生育し、三百七、八十本の多数が略〃三間の間隔に大体本件土地の全域に亘つて密生し宛然森林の状態を爲して居る以上仮に現在樹木を伐採すれば直ちに畑になり得るものであるとしても到底耕作の目的に供せらるゝ土地である農地とは認め難く、寧ろ山林の形態、実質を具備して居るものと認めるを相当とする。成立に爭のない乙第六号証の一、二の記載内容中右認定と反する部分は当裁判所と異なる見解に過ぎないから採用しない。尤も成立に爭のない乙第二、三号証によれば控訴人が昭和二十二年九月中本件土地を坂井源松なり佐藤倉次なりの耕作に係る農地として被控訴人に買收方を申請したことが認められるが、前記証人坂井源松、酒井政司の各証言原審並に当審に於ける各控訴本人訊問の結果を綜合すれば控訴人は本件土地が山林であるか農地であるかを深く考慮せず結局買收を免れないものと速断し寧ろ買收を受けた上親族に賣渡を受け事実上自ら引続き管理せんことを企図した動機に基き作成提出したものであり、耕作者として表示されて居る坂井源松、佐藤倉次は曾つて本件土地を耕作したことなくその記載は虚僞なることが認められるから同事実は何等前記認定の妨げとならない。又前記乙第七号証の一乃至六原審並に当審(第一、二回)に於ける檢証の結果によれば本件土地の一部に畑の現況を呈して居る箇所の存在して居ることが認められるが、前記坂井源松、酒井政司の各証言当審証人酒井申午の証言(但し後段の認定に反する部分を除く)原審並に当審に於ける各控訴本人訊問の結果原審並に当審(第一、二回)に於ける檢証の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば本件係爭中近くの村人が控訴人に無断にて耕作し或いはその後本件土地の買收手続が進行し賣渡しを受けた者等が本件土地の樹木の幾分疎らな間地を開墾の上耕作に着手し始めたものであり、然もその箇所は本件土地の極めて僅少の一部に過ぎないことが認められるから本件土地を全体として観察するとき本件公告当時農地でないとの前記認定を左右することは出來ない。当審証人酒井申午の証言中以上の各認定に反する部分は孰れも採用し難くその他被控訴人の立証によるも到底以上の認定を覆すことが出來ない。
然らば本件買收計画がその効力を生じた公告当時本件土地は農地ではなくて山林である以上本件土地を自創法第三條第五項第六号により農地であるとの前提の下に樹立せられた本件買收計画はその他の点を考える迄もなく違法であるから之が取消を求める控訴人の本訴請求は理由がある。よつて当裁判所とその見解を異にし控訴人の請求を排斥した原判決は不当で本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三百八十六條第九十六條第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)
(目録省略)